2015.08.17

【絆のカタチ】昔、故郷を捨てた男が今、故郷の再生のために立ち上がる

【絆のカタチ】昔、故郷を捨てた男が今、故郷の再生のために立ち上がる

             三尾の漁師さん  前田 保様

 


 

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日本海の荒々しい白波が打ち寄せる断崖に囲まれた小集落、兵庫県新温泉町三尾地区。

平家落人伝説の地の1つとしてもあげられる農山漁村で脱サラして漁師として生きる

前田保様に故郷に寄せる心の絆を伺いました。

 

 

■ 生き馬の目を抜く東京に15才で上京

 

下荒洞門や世界最大級の洞門、釣鐘洞門をはじめ日本海の荒波によって侵食されて出きた

数多くの洞窟、洞門、奇岩がパノラマビューで楽しめる但馬御火浦(たじまみほのうら)。

そこにある小さな集落、三尾地区。

景色の素晴らしさ、新鮮な魚介類といった海から恩恵を受ける一方で、

冬場の大波や爆弾低気圧の被害を受けてきた地域でもあります。

 

そんな自然と常に対峙している故郷で育った前田さん。

外の世界を見たいという思いで中学卒業と同時に上京。

時代は大都市への人口流入がピークの高度成長期時代。

東京オリンピックが開催された年のことでした。

「生き馬の目を抜く東京なんて人の住むところじゃない。

それでも行こうとするならお前は死んだものと思う。」

 

小学1年で父を亡くし、いわば父親代わりで育ててくれた祖父の言葉を背に東京池袋の

自動車関連の町工場に就職。

そこは夜になると三味線の音色が聞こえ、ネオンきらめく歓楽街。

 

見るもの全てが故郷三尾とは全く違う生活環境。

ふるさとの親や家族と離れた東京での生活は、思いの外15才の少年には辛いものでした。

そして、上京したその年のお盆に帰省。

その時に、それまで一度も参加したことなかった村の盆踊りにはじめて参加。

そこで感じたことは、「ああ、ふるさとって何ていいもんなんだ。」

東京に戻る日に感じた郷愁感は、今もしっかりと心に留めておられます。

しかし、“これからは自動車の時代。絶対潰れない。”と中学の先生が進めてくれた会社が

不良品を多数出し、入社してわずか1年足らずで倒産。

その後は、高校に通いながら住み込みの新聞配達、和歌山あった製鉄会社で働き、

昭和44年に帰郷。翌年から電電公社(現NTT)で32年間のサラリーマン生活が

スタートします。


 

■ 山陰海岸ジオパーク認定ー“過疎化を食い止める突破口に”

 

サラリーマンとして再び故郷三尾地区で生活をスタートさせた前田さんでしたが、

時代と共に三尾も人口流出が否応なく進んでいきます。

限界集落とは言わないまでも、社会的共同生活の維持が大変になってくるのを

目の当たりにします。

 

「三尾の人はとにかく働き者。女の人も腰が曲がってしまうほどよう働きますよ。

そうやって皆が必死に生きてきました。過疎化、高齢化の進む故郷で、自分には何ができるか?

そう考えた時に、三尾でこれからも生きていくには海の潮水を体に浴びて生きてきた父と祖父と

同じ漁師になろう。」

 

そして、32年間のサラリーマン生活に終止符を打ち54才で漁師に転向。

若い時、故郷を捨てた前田さんが、地域の活性化を推進する但馬御火浦村おこし

グループにも参加。

 

平成22年山陰海岸ジオパークが世界ジオパークネットワーク(GGN)への加盟が

認定されたのを機に、積極的に三尾という町の自立と活性化に携わりはじめます。

 


 

■ 「三尾には海がある」

 

かっては100軒いた三尾地区も現在は 

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60軒足らず。

また、近年の漁獲量減少と漁師の高齢化、

後継者不足も深刻化。

どうしたら何もない三尾に若者を呼び寄せる

ことができるのか?

 

                              (村で唯一の生活雑貨商店「三尾商店」の店長も務める)

 

昔、今の若者と同じように故郷を去った前田さんに相談にくる人に対して言うことは

いつも「三尾は何もないところじゃない。三尾には海がある。」

 

例えば、わかめ。澄んだ海水と荒波の中で育った三尾の天然わかめは歯ごたえ抜群。

歯ごたえがある分、酢の物といった脇役に甘んじることなく、しゃぶしゃぶ、

水炊きといった主役のおかずにもなれる三尾の天然わかめ。

そして、近年は珍しくなったその天然わかめを瞬間冷凍することで、

一年中風味があるわかめを販売することに成功。

 

前田さん自ら店長も務める村で唯一の生活雑貨店「三尾商店」でも売られています。

 

 


 

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 ■ SNSで情報発信

 更に多くの人に三尾の魚を知ってもらおう  とFACEBOOKを活用。          

 ほぼ毎日、採れたて鮮魚の写真を投稿。

 

 

 

「釣った魚はすぐに組合を通して競りにかけてしまうのですが、それでも沢山の人に三尾の魚を知ってもらいたいと写真を撮って投稿しています。」  

 

また、美しい三尾の海を堪能しながら磯釣りが楽しめる渡し船(前田渡船)も運航。

二度とふるさとには帰らないと心に決めて都会に出た少年時代。

しかし、外に出て初めて三尾の良さに気づき戻ってきました。

そして、若い頃には見えなかった故郷との絆を形に、それを伝えるツールを活用して情報発信。

マクドもゲームセンターもない地域でもその魅力を発見し形にし、そして伝えていくことで、

あたらしい三尾の未来を創ろうと日々忙しい前田さんです。

 

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                                  (日本海を流れる三尾港)


 

【記事を読まれたお客様からの声】

(株)絆工房 笠原 泰蔵 さん
 
残暑お見舞い申し上げます。ウッチーで~す。
そちらも酷暑でしょう。今日・明日から夏季休暇に入られることでしょう。
 
さて、「絆のカタチ」30号をお届け頂きありがとうございました。
ますます垢抜けてきて、記事の立体感がたかまりましたね。
 
なかでも三尾の前田さんインタビューが注目でしたね。
ただ、記事全体のフォントがあまりに小さいので、読みきれませんが・・・。
 
また秋に向かって頑張ってください。
当方もへこたれていませんよ!
 

<笠原です>

お世話になります。
お返事ありがとうございます。
フォントが小さくてすみませんでした。
感想をいただけると励みになります。

内池先生もお身体ご自愛して頂きお元気でお過ごしください。
先生は元気でしたね!
小さな親切、大きなお世話でしたね(*^_^*)

 

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絆工房御中
笠原様
 
いつも絆通信ありがとうございます。
今回の前田さんはfbでその様子を少し見させていただいておりましたが、
やはり奥が深いですよね。そのお元気な、さらには活発な行動には本当に頭が下がる思いです。
僕も24年ほど前、もう帰っては来ないだろうと思いながら福岡へ行った記憶があります。
でもこうやって帰ってきて生きてる、生かされてる、ということはやはり故郷のありがたみかな、と。
福岡に居たらもう沈没?埋没?していたのかも知れませんから。。。(笑)
これからもっともっとここの良さを発見してさらに発展させられたら、、、と僕なりに思います。
 
またひとつ勉強になりました。ありがとうございました。

(有)河西ふとん店 代表取締役 河西 栄治様より

<笠原です>

お世話になります。
お便り有難う。

いろいろ河西くんにもストーリーがあるんですね。
それが糧になるといいですね!

 


 

【関連記事】

過去の絆のカタチインタビューはこちら

https://www.kizunakobo.jp/theme235.html

 

2015/08/17


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